Pseudoscienceについて その1:危険物質発見!

「あるある」なんか目じゃない、本当の危険物質の話をしましょう。
卒論でこの物質について調べていたところ、恐るべき効果が明らかになったのです。

  1. 無色透明・無味無臭の気体ですが、液化すると薄い青色になり、磁石にくっつくという不思議な性質を持っています。
  2. その気体にふれると、ほとんどの金属は腐食し、生ものは腐敗します。
  3. 水素との化合物は、一部の金属と激しい反応をし、時に大規模な火災の原因となります。
  4. 35億年前、藍藻類という微生物が排出したこの気体により、地球上のほとんどの種が絶滅に追い込まれました。
  5. 放電させることにより臭いのある気体になりますが、これはビタミンDを体内で作り出す為に欠かせない紫外線を大部分カットしてしまいます。
  6. 高濃度状態で吸引すると猛毒で、最悪の場合失明や死に至ることもあります。
  7. 大火災の主な原因となっている物質で、逆にこれさえ取り除けば全ての火災は収まります。
  8. これほどまでに危険な物質であるにもかかわらず、大気中に20%も存在しています。
  9. また、スポーツマンはこの物質を好んで吸引し、最近はこれを溶かした水まで商品化されている始末。

こんなに危険な物質を、野放しにしておいていいのでしょうか!?


さあ、この物質の正体とは?
科学に詳しい人なら最初の1行で分かるでしょうが・・・。


答えは酸素です。
酸素が規制されたりしたらそれこそ人類は滅亡します。
それなのに、このようにいかにも危険な物質であるかのように錯覚させることが可能なのです。


この文章のポイントは、一つたりとも嘘はついていないということです。
ここに書き並べたことは、全て本当のことです。
・・・しかし、文章全体で見てみると、大嘘なのです。
これが、冒頭で述べた嘘をつかずに嘘をつくということなのです。


前項で「テレビなんかみんな演出ありきなんだー」と言っておいてなんですが、科学を扱った番組でこれが行われていると大問題です。
だって、演出なんかしたらそれは「科学」ではなくなってしまうのですから。


そもそも、「科学」とはなんでしょう。
それは、「科学的手法」を取っている学術研究に他なりません。
そして、「科学的手法」とは、白衣を着て、フラスコでラーメンを煮ることではないのです。
「科学的手法」とは客観的論理的なものでなければなりません。
そうではなく、いかにも科学的っぽいことをしているけれども「科学的手法」を取っていないような科学を疑似科学といいます。
疑似科学とは、英語のPseudoscience(スードサイエンス)の訳語ですが、pseudo-とはギリシア語で「偽の、いかさまの」という意味を表す接頭語なので、「ニセ科学、インチキ科学」と行った方が近いかもしれません。


どういう手法が「客観的」「論理的」とされるかは分野ごとに違うので一概にはいえませんが、少なくとも以下のことを覚えておけばいいでしょう。

科学は反証可能である

「それは違う。なぜなら・・・だからだ」という形式で反論することができるということです。
反論そのものを受け付けないような結論を出していたら、その「科学」は間違いなくインチキです。
よく出される例としては、「幽霊がいる。・・・という条件下で実際に観測された。」という説に「貴方のいう方法で観測しても幽霊は現れなかった。したがって幽霊はいない」と反論した場合、「幽霊の存在を疑う人の前には幽霊は姿を現さないのだ」という反論はできません。
疑うことを否定したら反証はできないからです。

「ない証拠はない」は通用しない

上の幽霊の例で、「幽霊がいない証拠はない」という反論もできません。そんなことをいったら何だっていえてしまうからです。
「・・・がある」という説への反論は、「・・・があるという証拠はない」または「『ある』と言っている人のいう証拠は、これこれの理由で間違っている」ということができれば十分なのです。「ない証拠」を出す必要性は全くありません(そもそも、探し出せるわけがない)。
端的に言えば、「あった証拠がなければ、なかったことになる」のです。

学術論文には査読がある

「査読」とは、学術雑誌に載せる為にふさわしい論文であるかを、専門家が逐一チェックすることです。
学者はみんな「科学的手法に則っている」というお墨付きが欲しいわけですから、まともな論文は絶対に査読を経ています。
つまり、査読も経ていない説を大々的にいう人がいたら100%インチキです。
また、この「査読」のクオリティも雑誌によって違うようなので、査読を経ているからといって正しいかというとそうでもありません。

学術論文には追試・反論がある

追試といっても、点数が足りなくてもう一回やるテストではありません。
ここでいう追試とは、誰かがやった実験を、正しいかどうか確かめる為にもう一回やってみることです。もしかしたら観測ミスかもしれませんし。
大きな論文であれば、それに対する追試・反論も山のようにあります。
それに対してさらに反論→また反論・・・とやっていくことで、だんだんと真実に近づいていくのです。
ニュースなどでは「・・・という事実を発見!」ということだけ大々的に報道されますが、実は大事なのはそのあとの話なのです。

統計をやるのはとっても大変

「あるある」でもかねてから指摘されていた問題として、「○○人に実験した結果、○○人全員に効果があることが分かった」というもの。
テレビでやるこの手の実験って、人数が大体一桁なんですよね。


新薬の実験の場合、莫大な予算をつけ、何十人何百人単位で人を集め、被験者も観測者もなんの効果がある薬なのか分からないようにして(二重盲検法といいます)、それでも何割かには効果がない、というようなものです。


さらに、実験をする上では、必ず対照実験をしなければなりません。
「・・・を与えた」「・・・を与えない」ぐらいの違いじゃ全然ダメで、調べたいこと以外の条件を全て同じにしなければなりません。
血糖値や血圧なんか、ちょっと運動したりちょっと食べたりするだけですぐ変わりますから、被験者に普段通りの生活をさせてはダメです。
食べるものも、飲むものも、運動量も、測定時の状況も全て同じにしなければなりません。


だから医学的研究は山のようなお金がかかるのであり、TV局のバラエティ番組程度の予算でそもそも作れるものではないのです。

学術用語には「定義」がある

マイナスイオン」の定義をちゃんと言える人っていますか?
そもそも、「イオン」って何なのかきちんと言える人も少ないんじゃないでしょうか(今、中学3年生でやらなくなっちゃいましたからねえ)。
トルマリンから出てきたり、ゲルマニウムから出てきたり、滝のそばに発生したり、いったいどういう物質なのかよく分かりません。


「滝のそばに発生するマイナスイオン」というのは、気象学(大気電気学)で言うところの大気イオンなのかなとも思いますが、これは「雷が発生するメカニズム」などの話であり、健康とは全く関係がありません。


「陰イオン」の話なら、これは英語ではnegative ionであり、minus ionとは言いません。
大体、陰イオンだとしたら、有害なモノから無害なモノまでピンキリであり、十把一絡げに「体にいい」なんて言えるシロモノではありません。
さあ、硫酸イオンを一気飲みしましょう!


定義があいまいなまま、言葉だけ一人歩きしているような健康用語は要注意です。


冒頭の例は私が適当に作ったモノですが、元ネタは「DHMO」という有名な演説です。
危険物質・DHMOの正体とは?
http://www.komazawa-u.ac.jp/~kazov/Nis/etc/DHMO.html
こちらは有名なので、知っている人もいるかもしれません。
これだと簡単すぎるので、もうちょっと難しくできる酸素を例にしてみました。